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子どもの貧困と学習支援

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 はじめに
 今朝もテレビの日曜討論の中で、子どもの貧困について議論がされていた。一億総活躍担当の大臣は、子どもの貧困を解決する方策の1つとして、学習支援を強化するなどと主張していた。最近、子どもの貧困の問題が指摘されると、その1つの解決策として、貧困の連鎖を絶つという意味で、学習支援を強化しようと言う声はよく耳にする。確かに、子どもたちのために何らかの支援をすることは、ないよりはあった方がよいに決まってはいるが、私としては、その中身とかが気になる。例えば、政府関連の人たちが、口する学習支援と言う、「学習」とは何を指しているんだろうか、などという点についてである。そこで、学習支援なるものをからめつつ、子どもの貧困の問題について少し考えてみることにした。

「子どもの貧困の原因って?」
 まずは、今、日本で起きている子どもの貧困の問題は、何が一番、大きな問題なのかと考えてみる。これは、ふつうに多くの人が気づくとは思うが、今、日本で起きている子どもの貧困問題の原因は、個々人の問題なのだろうか。その多くの問題が個人の問題なのであれば、個人に対する対処的な方法でその大部分が解決するだろう。おそらく、そうではなく、今、日本で発生している子どもの貧困問題の大きな原因は、社会の構造上の問題であると思う。このことについては、多くの方が同意をしてくれるであろう。だとすれば、今、日本にあるこうした問題を生み出している構造上の問題とは何であろうか。それは、ここでは、多くのことを話さないが、もう既に、たくさんの哲学者や思想家や社会学者などが言うように、特に、近代以降の資本主義という社会システムが生み出していることは明らかだ。したがって、子どもたちの貧困問題などを解決する有効な方法の1つは、資本主義的な社会の価値観を変革することだ。

「現代日本における貧困問題の背景」
 そうだとすれば、本来であると、近現代、中でも日本の戦後の資本主義という社会システムが作り上げてきた仕組みを詳しく検討する必要があるが、ここでは、そのポイントだけを紹介しておく。資本主義というシステムの要は、今も昔も、「市場開拓」と「技術革新」だ。しかしながら、十分に資本主義的な発展をしてしまった国々にとって、市場は有限なものであるし、技術革新が進めば効率はよくなるかもしれないが利潤率は低下する。限界がある中で資本主義的な発展を永く望むのであれば、一定のサイクルで市場区分のリセットや飛躍的な技術革新を行うしかなく、世界の資本主義をリードしてきたと思われる欧米の国々は、戦争という名のリセット行為を繰り返し偽装的な発展を維持してきた。
 一方で戦後の日本は、そうしたリセット行為には間接的に関与しつつ、国家そのものとしては、平和憲法の抑止力により経済的発展のみに専念することができた。結果として、日本は、敗戦国なのにもかかわらず、飛躍的な資本主義的経済発展を達成した。
 日本という国が、欧米諸国であれば資本主義的な発展を下支えしているはずの民主主義というシステムをどれだけ本質的に理解しているかは疑わしいが、ともかく、世界の中で、たぐいまれな資本主義的経済発展を遂げた国であることは間違いない。
 そこで、日本型の戦後資本主義の特徴を1つ上げるとしたら、それは、世界に類を見ない強力な消費文化社会の出現である。強度な消費文化社会を支える重要な要素は、本来であれば健全な市場の確保である。したがって、日本の資本主義は、新市場開拓と技術革新を強力に推進してきた。ある程度、日本が供給している特に、国内の市場が飽和状態となると、市場を細分化(個体化)することによって、新しい市場を作り出そうとしてきた。1990年代中盤以降、停滞気味の日本の資本主義をさらに発展させようと目論む政府は、新自由主義的な政策を打ち出し、現在に至っている。新自由主義的な政策の特徴は、資本主義的「自由」の強化と「自己責任」である。こうした政策の結果が、ある一定の層にのみ利益を集中(寡占)させることとなり、経済的格差等を拡大させている。

 以上のような戦後日本の資本主義システムの発展が、国民に与えている大きな影響の1つが、「個体化」ということになる。市場の細分化に伴う「個体化」という現象が、地域共同体の破壊であるとか、人の精神の分裂などを引き起こしてきたことはよく知られている。つまり、現代日本は、さらなる資本主義的経済発展を目指すのであれば、一方で、地域にある共同体性の破壊や個人の精神の分裂を促進してしまうという、ジレンマを抱えつつ一層の資本主義的発展を目論んでいることになる。ゆえに、分裂していく国家や国民の精神を再統合していくための施策をとらざるを得なくなっていることは、今さら指摘をするまでもないであろう。

「学習支援とは」
 このような背景の中で、子どもの貧困問題が発生し、イジメや不登校の問題が起きているのである。したがって、子どもの貧困問題が、もし、社会の構造的な問題なのだとしたら、前述したような現在の日本社会のあり様を無視することはできない。

 今、先に述べてきたような社会状況の中で、子どもの貧困問題が起きている。確かに、資本主義的な発展価値観だけの世界において、今後も生き抜いていくと考えるのだとしたら、せめて、その競争のためのスタートラインに平等に着かせることだけは保証しようとする考え方もあるであろう。この考え方を前提とするのであれば、一番有効な方法は、子どもたちが社会に出るまでの教育費等の経済的なコストを国が保証するという方法になる。例えば、使用目的を限定しない返済不要の給付型の奨学金などを充実させる等、という方法であるが、現在、そうした支援方法の強化という声はあまり聞くことはできず、聞こえてくるのは、前述したような学習支援などという施策である。

 では、政府などが声だかに主張している学習支援などとは、どういったものなのかと考えてみる。彼らが言う学習支援の前提となる考えは、いわゆる学歴をつけさせることによって、現資本主義社会では多くの貨幣を獲得することができ、貧困の連鎖は絶ち切れるはずだというものだ。つまり、現国家教育が提供している教育を受けさせることで、今後の資本主義社会における経済的な保証を担保させようとしている。戦後の国家教育のあり様を振り返ったとき、少々厳しい言い方をすれば、本来のその目的は「個人の人格の完成」を目指すものであったが、経済的高度成長を目論む政府や企業の要請から、いつしか、企業人として役に立つ人材の輩出とその目的が変質してしまったことは否定できない。簡単な言い方をすれば、現資本主義社会において、よりうまく適応し社会の経済的な発展に貢献する人材育成が目的となった。そうした教育の場に復帰というか、無事に参加をさせることが、支援であるとする。だとすれば、彼らが言う学習とは、学校というところで実施をされている教科学習であったり、学歴アップのための受験勉強を指しているであろうことは、容易に想像がつく。

 こうした教育の場への参加のための支援だけでは、もし、子どもたちの貧困の原因が社会的な構造にあるのだとしたら、貧困を生み出している社会システムへの参加を促進すると同時に、資本主義的な価値観を助長する競争へと駆り立て、そうした競争に勝つことを肯定するような意識を育成することだけに繋がる。そして、もとよりそうした社会構造の再構築に手を貸すことになる。つまり、これは、貧困の連鎖を絶ち切ることに繋がるのではなく、貧困を生み出す構造を再生産することになる。確かに、永続的な資本主義的経済発展の社会を目論む側から見たら、当然のあり様なのかもしれないが。

 終わりに-「学習支援」から「学び支援」へ
 では、子どもたちの貧困問題を少しでも解決するためには、例えば、学習支援というものの中身をどうすればよいのか。私が関係をしている「子ども・若者の居場所を考える研究会」での議論では、少なからず1つの結論は出ている。それは、実際の学習支援の現場では、当初の目的が,教科学習や受験学習の指導・支援であったとしても、その場所を子どもたちにとっての拠り所として機能させるためには、生活支援など含めた総合的な学びの場(居場所機能)にせざるを得ないということだ。こうした現場における実際の視点から考えた場合、政府などが提唱している資本主義社会における発展に寄与するような人材育成のための教育に参加させるのを目的とする、教科学習や受験学習を中心とした学習支援では、資本主義社会が構造的に生み出している貧困の連鎖を絶ち切ることはできない。したがって、当事者である子どもたちが、様々な生き方や価値観のあり様を安全に安心して学ぶことを支援するのが第一の目的とするような「学び支援」へと切り替えるべきだと考える。その結果として、生きる目標が見つかり、その夢の実現のために、いわゆる学校的学力や上級の学校への進学も必要となるのであれば、教科学習・受験指導なども行えばよいと思う。例えば、「宇宙」のことが知りたいという子には、「宇宙」のことについて共に学び、「社会」のことや「生命」のことについて考えてみたいという子には、共に社会の仕組みや生命の起源について学び、そうした学びの延長として、数学や物理や英語や理科のことを学習することを支援すればよいのである。そのためには、支援をする側の人材養成や、多様な学びをサポートするための人的リソースのネットワーク化なども必要となるであろうが、ともかく、彼らの生きる力を引き出すための「学び支援」こそ、貧困対策として最も必要な支援の1つであると主張したい。

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